「どうする家康」ダーン!茶々(北川景子)に心を射抜かれた神の君(松本潤)は……第36回放送「於愛日記」振り返り (2/7ページ)
この時、於愛は後を追って自害しようと考えますが、一女一男の子供たちを思って踏みとどまります。
……ドラマではそういう設定でしたが、史料上特にそのような描写は見当たりません。
西郷義勝の演者さんもこんなにアッサリ退場するとは思わなかったでしょうね。せっかく大河ドラマに出演できたのに……。
それはともかくとして、この西郷義勝とは何者なのか、『寛政重脩諸家譜』の記述を読んでみましょう。
●義勝
孫太郎 右京進 母は某氏。
父祖討死のとき、義勝いとけなしといへども、叔父清員がこふにより正勝が遺跡を継西郷に住す。文亀(原文ママ。元亀)二年三月四日竹廣の戦に清員等と共に防戦して討死す。法名義勝。 妻は諏訪部出羽守定久が女、後妻は蓑笠之助正尚が養女。
※『寛政重脩諸家譜』巻三百六十九 清和源氏(支流)西郷
西郷義勝は生年不詳、まだ幼かった永禄4年(1561年)に父の西郷元正が討死すると、叔父・西郷清員の後見で家督を継ぎました。
通称は孫太郎、官職の右京進は自称(正式任官ではなく、主君が私的に認めたもの)と考えられます。
妻は諏訪部出羽守定久の娘。於愛(蓑正尚の養女)は後妻のようです。どちらが産んだのか一女一男(西郷家員室、西郷勝忠)を授かりますが、先の通り討死してしまいました。
嫡男の勝忠はまだ1歳(当年誕生)と幼すぎて家督を継げず、姉が一族の西郷家員を婿にとって家督を継がせています。