将軍・徳川綱吉の時代に3度もの大火災…江戸時代の「元禄の大火」はなぜ起きた? (1/4ページ)

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将軍・徳川綱吉の時代に3度もの大火災…江戸時代の「元禄の大火」はなぜ起きた?

「大火」だらけの江戸時代

江戸時代は火災が頻発した時代でもあり、特に江戸で起きた火災の中でも「大火」と呼ばれるものは49件も起きています。

江戸時代の歴代将軍は15人いるので、単純計算すると一人の将軍の時代につき平均3件は大火が起きていたことになります。

中でも特に大変だったのが第五代将軍・徳川綱吉の時代でした。この人の時代に、江戸の町は後に「元禄地震」と呼ばれる大地震に加え、元禄10年・11年・16年の三回、大規模な火災が発生しています。この三つを総称して「元禄の大火」と呼びます。今回はこの「元禄の大火」について解説します。

法隆寺蔵・徳川綱吉肖像(Wikipediaより)

まず元禄10年の大火は、現在の文京区大塚の善心寺という寺から出火し、旗本屋敷など363軒が焼失したものです。

その翌年、元禄11年に発生した火事では、京橋南鍋町の仕立物屋から出火し、大名屋敷や寺院など約2万軒が焼けました。死者も3,000人以上とされており、これは「勅額火事」「中堂火事」とも呼ばれています。

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