解任説も浮上!原辰徳65歳「愛と憎しみ」の巨人軍人生舞台裏 (2/6ページ)

日刊大衆

後半戦に差しかかる7月頃に、近しい人に“疲れた”と漏らしていたそうです」(前同)

 35年間、輝きを放ち続けた永遠の若大将・原辰徳。今回は、その“巨人軍ヒストリー”の舞台裏を探ろう。

■“ジャイアンツ愛”を堂々と掲げ

「長嶋(茂雄)さんの後を受けて最初に監督になった02年にも“ジャイアンツ愛”なんてフレーズを堂々と掲げていたけど、我々からすると“よく、そんな恥ずかしいこと言えるな”ってことでも、彼が言うと爽やかで嫌みがない。それは入ってきた当初から、ずっと一貫していましたよね」

 野球人・原辰徳をこう評するのは、現役時代のチームメイトで2学年上の角盈男氏。むろん、当時の角氏も東海大相模高の主力として4度も甲子園に出場し、アイドル的人気を誇った原の経歴を知ってはいた。

■「これはスーパースターだ」

 だが、真に驚かされたのは、その天性の強運ぶりだった。既定路線のごとく、1年目から、すんなりとレギュラーに収まるその姿に、「これはスーパースターだ」と心底、感心したという。

「彼が入った1981年当時はサードに中畑(清)さんがいて、セカンドは篠塚(和典)と、本来なら“守る場所がない”状態。それが諸事情で篠塚が出遅れて、セカンドで開幕スタメン。そうこうしていたら、今度は中畑さんがケガをした。あれには“そういう星の下ってあるんだな”と、つくづく思いましたね」(前同)

 開幕2戦目にして、いきなり初本塁打を放つと、4月22日、生まれ故郷・福岡は小倉球場で開催された大洋戦で、セ・リーグの新人で12年ぶりとなるサヨナラアーチ。観客がグラウンドになだれ込み、早くもスポーツ紙の一面を飾っている。

■スター街道をひた走り4番に定着

 その後もスター街道をひた走り、82年からは巨人軍第48代・4番に定着する。

「彼が不運だったのは、かつての“ON”が2人で担った主軸の役割を、一人で背負い込むハメになったこと。

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