2023ドラフト12球団「明暗」歴代ドラ1「その後」追跡15連発【画像】セ・リーグ/パ・リーグ「ドラフト採点表」 (5/7ページ)
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「俺のときもそうだったけど、“指名しない”と明言しておきながら当日、それをひっくり返す、というのは当時、よくあった。小池に関しては、まず間違いなく当時の金田(正一)監督が悪いよね(苦笑)。
後に中日で一緒になったときは“愛甲さんに会ったら絶対、殴られると思ってました”なんて言ってたけど、本人はとてもいい奴で。それだけに時機を逃したのは惜しいよね」(愛甲氏)
■掛布雅之“31”の重圧
一方、周囲の期待の大きさに、本人が押し潰されてしまうパターンもある。
その顕著な例が、小池拒否事件の翌91年。初出場・初優勝で夏の甲子園を沸かせた大阪桐蔭の萩原誠だ。
同じ阪神のドラ1でもある前出の藪氏が振り返る。
「彼は2年先に入っていたけど、年齢は大卒社会人の自分より5歳下。傍目から見ても、与えられた掛布(雅之)さんの“31”の重圧に苦しんでいるのは分かったよ。
背番号で野球をやるわけじゃないのに、その“呪縛”みたいなものに囚われる。チームが暗黒時代だったし、かかる期待が必要以上に大きかったのもあったしね」
■“大化け”した藤川球児
その阪神でつながった首の皮一枚から“大化け”したのが、98年の藤川球児だ。
2003年のリーグ制覇時は蚊帳の外。それどころか、整理対象リストにすら名前が挙がっていたという。
「当時、2軍監督だった岡田さんの“もうちょい見たれや”がなかったら、その後の彼はおそらくない。