なぜ絵師がキリシタン摘発の岡っ引きに!?「島原の乱」唯一の生き残り・山田右衛門作の生涯 (3/4ページ)

Japaaan

江戸幕府に内通する

天草四郎/Wikipediaより

学問に秀で文章にも達者だった右衛門作は、幕府軍との交渉役も担っており、その役割を利用し密かに幕府軍と内通。逐一矢文で状況や内情を知らせていました。

しかし、一揆勢に発覚してしまったことで右衛門作は家族を処刑された挙句、自身は牢に入れられてしまいます

その後すぐに幕府軍の総攻撃により原城は落城。右衛門作はその時も牢におり、幕府軍に斬られかけますが、矢文を見せたことで助命されました

島原の乱後は幕府による取り調べを受けました。その際の状況を記した口上書『山田右衛門作口書』は、当時の一揆勢側の状況を知る信ぴょう性の高い史料として重宝されています

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