まさに母親ゆずり!清少納言の娘・小馬命婦が娘を守るため詠んだ怒りの和歌がコチラ【光る君へ】 (1/4ページ)

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まさに母親ゆずり!清少納言の娘・小馬命婦が娘を守るため詠んだ怒りの和歌がコチラ【光る君へ】

まひろ(紫式部)のライバルとして現れた「もう一人の才女」ききょう(清少納言)。彼女には二人の子供がいました。

一人は先夫・橘則光(のりみつ)との間にもうけた橘則長(のりなが)、もう一人は後夫・藤原棟世(むねよ)との間にもうけた小馬命婦(こまのみょうぶ)です。

※合わせて読みたい:

「光る君へ」の清少納言(ききょう)実はすでに人妻で子供もいた!息子・橘則長はどんな人物?その生涯をたどる

今回はこちらの小馬命婦について紹介したいと思います。果たして彼女はどんな女性だったのでしょうか。

「コマちゃん」「仔馬ちゃん」と親しまれていた?

小馬命婦が仕えた藤原彰子(左)。『紫式部日記絵巻』より

小馬命婦は生没年不詳、成長して藤原彰子(しょうし。一条天皇の中宮)に仕えました。

幼名を狛(こま)といったそうで、だから同じ音の小馬が当てられたのですね。

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