劇中の略年表紹介、後に皇子を産む定子、藤原道長がついに頂点へ…大河ドラマ「光る君へ」5月5日放送の振り返り (2/6ページ)
道長が左近衛大将を兼任
4月28日 道兼が藤原氏長者宣下
5月2日 道兼が慶賀を申す
5月5日 伊周が内覧を止められる
5月8日 道兼が死去
5月11日 道長に内覧宣下
5月25日 道兼に太政大臣/正一位が贈られる
6月19日 道長が右大臣に転任、藤原氏長者宣下
今回は道隆の死から道兼の死を経て道長に権力の座が譲られるまで、およそ2ヶ月の期間が描かれました。
道長が藤原氏長者となったことにより、伊周ら中関白家との確執が本格化していきます。
道兼の関白在任期間が短いことから「七日関白」と呼ばれますが、実際の在任期間は12日間でした。
そして次の関白は義兄弟の伊周か、それとも叔父の道長か。
果たして一条天皇(塩野瑛久)の決断は、道長でした。内覧と右大臣を兼ねさせたのは、中宮の藤原定子(高畑充希)に対する心遣いでした。
この人事は母・東三条院こと藤原詮子(吉田羊)の強力な推薦があったためと言います。
劇中では「私心なくお上をお支えする道長を関白に」と言っていますが、どの口が?ですよね。
彼女はその後も何かにつけて国政に口を出し、かの藤原実資(秋山竜次)から批判されています。
(もちろん面と向かってではなく、日記『小右記』でです)
また道長も政権をほしいままにしていくのですが、主人公があまり悪役っぽいのも視聴者の共感を呼びません。
果たして今後、道長はどんな権力者として描かれるのでしょうか。