劇中の略年表紹介、後に皇子を産む定子、藤原道長がついに頂点へ…大河ドラマ「光る君へ」5月5日放送の振り返り (5/6ページ)
さわ、筑紫へ
以前にさわ(野村麻純)が平惟将(これまさ)の娘であろうという話をしました。
父の肥前守赴任にともない、彼女も京都を離れることになります。
彼女は姉妹同然に交流していた紫式部に対して、遠く離れる寂しさを詠んだのでした。
西の海を 思ひやりつつ 月みれば
ただに泣かるる 頃にもあるかな※『紫式部集』より (六)筑紫へいくひとのむすめの
【意訳】この頃は、遠く九州へ離れていくのだと思いながら月を見上げると、無性に泣いてしまうのです。
九州でも京都でも、見上げる月はきっと同じ。そう思って月を見上げても、どうしても悲しさが堪えきれないのでしょう。
彼女の胸中を察した紫式部は、こんな返歌を贈ります。
西へゆく 月のたよりに 玉章(たまづさ)の
書き絶えめやは 雲の通ひ路※『紫式部集』より (七)返し
【意訳】九州へ行っても、あなたに毎月お便りしますからね。決して書き絶やすようなことはしません。空を通う雲に乗せて届けます。
果たして本当に毎月手紙を書いたのかは分かりませんが、結局はこれが永の別れとなってしまったのでした。
劇中ではその場面が描かれるのか、あるいはいつの間にかフェイドアウトするのか、今後も注目です。