劇中の略年表紹介、後に皇子を産む定子、藤原道長がついに頂点へ…大河ドラマ「光る君へ」5月5日放送の振り返り (4/6ページ)

Japaaan

憤懣やるかたない伊周(イメージ)

叔母の詮子に関白就任を阻止されてしまった伊周は、一条天皇を籠絡し切れなかった定子を罵倒しました。

「皇子を産め……皇子を……」

普段は紳士的に振舞っていても、いざ思い通りにならないと逆上する人って始末に負えませんよね。

かつて亡き父・道隆が妄執にとらわれたように、伊周も見事な二の舞を演じていました。

ちなみに素腹(すばら。お腹の中に何もない≒子供が産めない不妊症の女性)と罵倒されていた定子ですが、その後ちゃんと皇女や皇子を産んでいます。

もちろんたとえ生涯子供を産まなかったとしても、定子の人格が否定される筋合いはありません。

【定子と一条天皇の子供たち】
長徳2年(996年)……第一皇女・脩子(しゅうし/ながこ)内親王
長保元年(999年)……第一皇子・敦康(あつやす)親王
長保2年(1000年)……第二皇女・媄子(びし/よしこ)内親王

今後この子たちが登場するのか、またどのように描かれるのか、今後の展開を楽しみにしています。

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