【光る君へ】目が見えない三条天皇、民が見えない道長…史実を基に11月10日放送を振り返り (5/8ページ)

Japaaan

メガネも補聴器もない時代、視力や聴力の悪化は、生活に大きな支障をもたらしたことでしょう。

蔵人頭となった藤原兼綱とは?

藤原兼綱(イメージ)

藤原資平(篠田諒)を差し置いて蔵人頭となった藤原兼綱(かねつな)。

亡き藤原道兼(玉置玲央)の三男として言及されていますが、どんな人物だったのでしょうか。

藤原兼綱は父の没後、伯父である藤原道綱(上地雄輔)の養子となりました。つまり完全に道長派の人物です。

三条天皇や敦明親王の贔屓によって蔵人頭となるも、やがて三条天皇が敦成親王(後一条天皇)に譲位すると蔵人頭の職を失いました。

後任の蔵人頭は藤原資平。ちょっと遅くなりましたが、結果的にはよかったようです。

その後も永らく兼綱の出世は滞り、結局公卿に列することは叶わずじまい。地方官に転じて生涯を終えたのでした。

劇中でも言及されるのみで、恐らく登場しないのではないでしょうか。

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