なぜ「白い餅を焼く」のは縁起が悪いのか?戦国武将たちはどんなお正月を過ごしてた?【後編】 (3/6ページ)
「凧揚げ」に関連する記事↓
お正月恒例の「凧揚げ」実は”タコ”ではなく”イカ”と呼ばれていた!その理由がこちらまた、徳島県板野郡藍住町勝瑞の地にある勝瑞城(しょうずいじょう)館跡では井戸茶碗などの土器とともに、「独楽(こま)まわし」「すごろく」「羽子板」など、現代でも用いられている正月遊び道具が発掘されています。
羽突きは、室町時代ことに中国から伝来したといわれています。無病息災を願うゲームのようなものだったのですが、
戦国時代には祭礼の要素が強くなっていき、羽根突きで遊ぶというよりも、羽子板に装飾をほどこして縁起物の装飾品としての色合いが強くなっていったようです。
さらに、江戸時代には、武家では女児の誕生を祝って羽子板を贈答するようになりました。
