なぜ「白い餅を焼く」のは縁起が悪いのか?戦国武将たちはどんなお正月を過ごしてた?【後編】 (6/6ページ)

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のちに松平家の当主として立身した親氏は「あの兎が瑞兆であった」と光政に林の姓を与え、侍大将として三河に呼び寄せました。

以来、毎年元旦の賀宴には松平一族よりも、まず最初に光政に兎の吸物と酒盃を与えるのが常となり、林家も毎年12月29日に兎狩りをし、献上するのが恒例となったと伝わっています。

ちなみに、1836(天保7)年の『東都歳事記』によると、うさぎ汁のほかにも、徳川将軍家の雑煮は、餅・大根・ごぼう・焼き豆腐・里芋・昆布・干しナマコ・干しアワビなど、具沢山な贅沢雑煮を食べることもあったそうです。

戦国武将の雑煮は、現代の我々からみても具沢山で美味しそう。一つの椀でさまざまな栄養がとれるように上手く考えられているなものだな……と思いました。

鏡餅と桃太郎 wiki
(譲葉・海老・橙などがのった武家の具足餅風)

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