寺に逃げるしかない!江戸時代、自ら離婚できない女性を救済した”縁切り寺”とも呼ばれた「駆け込み寺」の仕組み (4/4ページ)

Japaaan

「十三里濁行をして縁を切り」
「たしかに此道嫁のあと十三里」

十三里とは、江戸から鎌倉までの距離です。他にも、寺で過ごす期間の「三年」という言葉が使われている川柳も複数あります。

「仲人を三とせ恨みるつらいこと」
「三年は在鎌倉と覺悟する」

東慶寺の記録によると、明治2年および3年の書類が残っています。明治まで駆け込みが行われていたということは、女性の意志が抑えつけられていた時代がそれだけ長かったと言えます。

駆け込みをしていた時代の女性たちが今の自由に離婚できる世の中を知ったら、どんな想いを抱くのでしょうね。

参考文献:穂積重遠「離縁状と縁切寺」(1942年)

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

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