寺に逃げるしかない!江戸時代、自ら離婚できない女性を救済した”縁切り寺”とも呼ばれた「駆け込み寺」の仕組み (1/4ページ)

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寺に逃げるしかない!江戸時代、自ら離婚できない女性を救済した”縁切り寺”とも呼ばれた「駆け込み寺」の仕組み

江戸時代の女性には離婚権がありませんでした。そのため、妻が離婚したいと思っても非常に難しい時代だったのです。

武家時代の封建制度では、男尊女卑の風習が濃かったのでしょう。しかし、そんな妻たちを助けてくれたのが、縁切り寺とも呼ばれる「駆け込み寺」でした。

今回は、離婚したい妻たちの味方になってくれた、幕府公認の駆け込み寺についてご紹介します。

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縁切寺とも呼ばれる駆け込み寺とは?

江戸時代の駆け込み寺と言えば、「鎌倉の東慶寺」と「群馬の満徳寺」がありました。江戸時代以前も駆け込み寺はありましたが、幕府公認になった寺は東慶寺と満徳寺のみです。

東慶寺は縁切寺として、現代でもパワースポットになっています。

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