【大河べらぼう】ロシアに強硬姿勢、反幕勢力と交流!蝦夷地に君臨した松前藩主・松前道広(えなりかずき)の豪快すぎる生涯 (1/4ページ)

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【大河べらぼう】ロシアに強硬姿勢、反幕勢力と交流!蝦夷地に君臨した松前藩主・松前道広(えなりかずき)の豪快すぎる生涯

大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」皆さんも楽しんでいますか?

平賀源内(安田顕)や平秩東作(木村了)に絡んで、俄かに注目を集めつつある蝦夷地。そこでは松前藩主・松前道広(えなりかずき)が君臨していました。

果たして彼はどんな人物なのか、その生涯をたどってみたいと思います。

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利発で文武に優れる

豪快で派手好きな性格だった(イメージ)

松前道広は宝暦4年(1754年)1月17日、松前藩の第7代藩主・松前資広(すけひろ)の長男として誕生しました。

母親は八条弁子(八条隆英女)、兄弟には照子、池田頼完、難波武広、秀子、蠣崎広文、波響、玉子、古田信真らがいます。

幼少から文武に優れ、将来を嘱望されたことでしょうが、派手好きで傲慢な性格が玉に瑕。これが後にトラブルの原因となりました。

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