【大河べらぼう】ロシアに強硬姿勢、反幕勢力と交流!蝦夷地に君臨した松前藩主・松前道広(えなりかずき)の豪快すぎる生涯 (4/4ページ)

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永蟄居を命じられる

いざエゲレス征伐へ!(イメージ)

そんな松前道広は文化4年(1807年)3月26日、幕府から永蟄居(謹慎)を命じられてしまいました。

思い当たる節しかありませんが、お咎めの理由は藩主在任中の強硬姿勢と素行の悪さ。豪快すぎるお殿様にも困ったものです。

この処分は元家臣の讒言があったとも言われ、少なからず恨みや反感を買っていたのかも知れませんね。

文政5年(1821年)3月18日に永蟄居を解かれた松前道広が行いを改めたのかは分かりませんが、天保3年(1832年)6月20日に世を去りました。享年79歳。

終わりに

今回は松前藩第8代藩主・松前道広の生涯を駆け足でたどってきました。

豪放磊落な人柄が強烈なインパクトを残す人物でしたが、えなりかずきとは少しギャップが大きいようです。

果たしてこのギャップを、えなりかずきがどう演じてくれるのか、活躍が楽しみですね!

※参考文献:

新藤透『北海道戦国史と松前氏』洋泉社、2016年2月

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