なんと古代人も糖尿病に!?古代の日本人は何をどう食べていた?木簡や古文書から読み解く当時の食文化【後編】 (2/3ページ)
他にも、イノシシ肉の加工・保存、漬物や納豆製品の復元などの実験も研究者によって進められています。
こうして復元してみると、奈良時代の食文化は、食材や食べ方という意味では意外に豊かだったと分かります。
写経生の給食また、正倉院文書には、当時の国家プロジェクトだった写経のために泊まり込みで勤めた写経生に出した給食について、食材の種類と量を詳細に記した帳簿が残っています。
それによると主食はうるち米を蒸し、また「滑海藻」などの汁がつき、「布乃利」はトコロテンにして「芥子」を添えていました。
そこから発展させて、さらに興味深い話があります。正倉院文書には、写経生が提出した休暇願の文書が残っており、理由として足の病気と書いたものが多く、目の病気もあったのです。
そこで正倉院文書から復元した写経生の給食の栄養バランスやエネルギー量を分析したところ、米が1日に「二升」とかなり多いことが分かりました。
もしも支給された分量を全部食べたとすると、1日のエネルギーは5000キロカロリー以上。さらに、炭水化物の割合が80%を超えることになります。
全部食べたかは別としても、かなりの配給量でエネルギーが多く、炭水化物に偏っていることが分かったのです。