朝ドラ「あんぱん」ドキンちゃんのモデルだった!?嵩の母・登喜子(松嶋菜々子)のモデル・柳瀬登喜子の生涯 (4/5ページ)
再会と晩年、そして作品への影響
登喜子は3度目の結婚生活を送っていましたが、今度の結婚でも相手に先立たれてしまい、再び未亡人となりました。
その後、登喜子は単身で上京。世田谷の持ち家で下宿屋を営むかたわら、嵩(美術学校へ進学)の学費と住まいを支えたと伝わります。
日本が戦争に突入すると、登喜子と嵩、千尋の人生も大きく動いていきました。
登喜子は高知に疎開し、嵩と千尋は従軍。千尋は24歳という若さで戦死を遂げてしまいました。
嵩が帰還兵となると、登喜子は彼を膝枕しながら「許してね」と言って涙したと伝わります。
その後、登喜子は四度目の夫にも先立たれてしまいました。
60代となった登喜子は、再び腰を落ち着けるべく高知に帰郷。近隣の子供らに茶道や生花を教えて「お茶のおばちゃん」と親しまれました。
1967(昭和42)年、登喜子は永眠します。享年73歳でした。
息子・たかしはのちに「ドキンちゃんの外見は母に似ている」と語り、母子の複雑で強い結びつきが作品世界へ溶け込んだことを明かしています。