今年の夏は「祇園祭」を極めよう!日本三大祭りの一つ「祇園祭」ってどんなお祭り?その歴史を中心に解説 (2/8ページ)

Japaaan

朝廷は、これをインドの祇園精舎の守護神・牛頭天王(ごずてんのう)の祟りと考え、急ぎ神事が行われました。

洛中洛外図屏風に描かれた祇園会(洛中洛外図屏風)

その際、祇園社司(ぎおんしゃつかさ)であった卜部日良麻呂(うらべひらまろ)は勅命により、全国の国の数に準じて長さ二丈(約6メートル)の矛66本を神泉苑に立て、祇園社(現在の八坂神社)から神輿を担いで病魔退散を祈願。これが祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)、略して祇園会(ぎおんえ)と称され、この矛にはやがて簡単な台車が付けられ、鉾車へと発展します。

そして室町時代になると、これらの鉾に趣向が凝らされるようになり、江戸時代中頃には、現在の「祇園祭」でみられるような鉾の形が定まったとされるのです。

「今年の夏は「祇園祭」を極めよう!日本三大祭りの一つ「祇園祭」ってどんなお祭り?その歴史を中心に解説」のページです。デイリーニュースオンラインは、神事祇園祭祭りカルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る