「べらぼう」吉原遊郭での”芸者”の役割とは?裏では遊女の領域を侵し検挙される事件も【後編】 (6/8ページ)
こうしたやり取りが、少なくとも数回は繰り返されるのです。
とはいえ、これが廓の掟であっても、客にとっては面白いものではありません。そこで登場するのが芸者でした。芸者は三味線を弾き、さまざまな芸を披露して宴席を盛り上げ、客の気分を損なわないよう、太夫との間をうまく取り持ったのです。
幕府公認の唯一の芸者として高い格式をもつ芸者には、遊女の領域を絶対に侵してはならないという不文律がありました。一方、遊女も芸者を認め、それに配慮して振る舞うという暗黙の了解があったのです。
しかし、どの世界でも表と裏があるように、表向きは芸者を装っていても、裏では客をとって春を売る芸者がいました。
かの深川芸者でさえ、二枚看板を生業とする者がおり、115名もの私娼を兼ねていた芸者が検挙される事件が起こり、吉原遊郭にその身柄を移されたとされます。
では、吉原はなぜ彼女たちを受け入れたのでしょうか。