「べらぼう」吉原遊郭での”芸者”の役割とは?裏では遊女の領域を侵し検挙される事件も【後編】 (8/8ページ)

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遊女の帯の結び目が前面(前帯)なのに対して、芸者は前帯をぐるりと背面に回して垂らした形にするようになります。こうして芸者による売春は影をひそめ、芸者は芸事のみに専念するようになりました。

見番制度は、芸者の自由を奪うものと思われますが、かえって吉原芸者のブランド価値を高める結果となったのです。

「芸者の姿」喜多川歌麿筆(浮世絵検索)

吉原芸者の身なりは、花魁などの高級遊女に遠慮してか、かなり地味な拵えであったようです。着物は紋つき、裾まわしは紺色の絹と決まっていました。襟が白いのも吉原だけで、これは吉原芸者だけに与えられた特権でもありました。

このようにして、吉原芸者には幕府より唯一公認された芸者として、芸だけで生きていくという誇りと高い格式が与えられたのです。

※参考文献
菊池ひと美著 『花の大江戸風俗案内』ちくま文庫
樋口清之著 『もう一つの歴史をつくった女たち』 ごま書房新社

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