江戸時代の藩札=地方通貨の先駆け?信用と破綻のはざまで揺れた危険な通貨制度を解説 (3/4ページ)
このような場合の藩札は、地場産業を振興させ地域を活性化させるために、諸藩(諸大名)が発行した地域通貨であると理解することができます。
藩札の発行には、いざというときには正貨と交換してもらえるという安心感と信用が不可欠なのですが、実際には、多くの藩は備蓄されている正貨の3倍くらいの藩札を発行していました。
そのため、藩札の運用が行き詰まってその価値が下落すると、領民が正貨との交換のために殺到する騒ぎが起きたり、一揆や打ちこわしが発生したりしました。
藩札には、札元となった藩内の有力商人の名前が記されていたので、領民は「あの人が保証するというなら」と信用してしまいます。藩の流通強制力は有力商人の信用によって補われていたのです。
かつては、藩札を発行しすぎて価値が暴落し、藩札を押しつけられた庶民は被害者であったと理解されることが多かったようです。
実際、大名が改易されて御取り潰しにでもなれば、藩札は一瞬にして紙くずになってしまいます。