江戸時代の物乞い大道芸人「わいわい天王」の正体とは?〜江戸の疫病除けと風俗 (1/4ページ)
江戸の路地裏で、何やらかけ声が響きます。
「わいわい天王、騒ぐがお好き。囃せや子供、守(まもり)を取らしょ、そりゃまくまくぞ。ワイワイと囃せ……」
この声が聞こえると、子供たちは長屋を飛び出し、声の主へと駆け寄って行きました。
「わいわい天王だ!」
一体わいわい天王(~てんのう)とは何者なのでしょうか。
牛頭天王のお札をばらまく
水野廬朝『盲文画話』より、わいわい天王と子供たち。破れ扇で小さな紙札をあおぎ立てている。
わいわい天王の姿を見ると、天狗または猿田彦(サルタヒコ)の面をつけた男が羽織袴姿で両刀を差し、手に持った札をばらまいています。
ばらまかれた札には牛頭天王(ごずてんのう)の名が摺られており、子供たちが面白がって掻き集めていました。
子供たちが騒いでいると、やがて大人たちもやってきて、わいわい天王に小銭を渡します。
何のことはない、このわいわい天王とは、要するに物乞いの大道芸人です(これを芸と呼んでいいのかは判断が分かれるでしょうが……)。
天王祭の時期(旧暦6月ごろ)になると、夏の疫病除けとして牛頭天王のお札を配り(ばらまき)、代わりに寄付を集めたのでした。
牛頭天王のお札と言っても粗末な紅摺(べにずり。