『べらぼう』片岡鶴太郎の名演が話題、鳥山石燕の生涯と「辞世の句」歌麿との実際の関係とは (4/11ページ)
天保年間(1831~1845年)の初期から世に広がった拭きぼかしの技法を、石燕は逸早く用いていたそうです。
石燕は多くの弟子をとっており、その中には歌川豊春(うたがわ とよはる)や栄松斎長喜(えいしょうさい ちょうき)、恋川春町そして喜多川歌麿などがいました。
歌麿との関係
石燕との再会に感極まる歌麿。NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」公式サイトより。
劇中では唐丸(歌麿)に妖怪画を写させていた石燕。実際に歌麿の幼少期からつき合いがあったようで、歌麿が天明8年(1788年)に刊行した『画本虫撰(えほん むしゑらみ)』では、こんな序文を寄せています。
……今門人歌麿が著す虫中の生を写すは是心画なり、哥子幼昔物事の細成か。ただ戯れに秋津虫を繁ぎはたはた蟋蟀を掌にのせて遊びて、余念なし……
【意訳】今回、弟子の歌麿が出版した虫の画集は、彼の心を表わしたものである。歌麿は幼少期から物事を細かく観察する子であった。トンボをつないで飛ばせたり、コオロギを手の上に乗せて遊んだりなど、余念がなかった。