「べらぼう」が描く問題はまるで今の日本。怒りで暴徒と化す ”新之助の義” に粋に訴えた ”蔦重の義” (2/7ページ)
違う生き方をしてきた二人ですが、新之助には「新之助の義」が、蔦重には「蔦重の義」があったのです。
「米を受け取ったことで失われた命」
ふく(小野花梨)との2度目の駆け落ちが成功し農村で暮らしていたものの、浅間山の大噴火で「よそ者」と村を追い出され、蔦重を頼り江戸に戻ってきた新之助夫婦。住まいや仕事を世話してもらい感謝をしながらも、究極の飢餓を味わってきたゆえか、「生活が苦しいのは田沼のせい」という気持ちを抱いていて、「田沼ひいき」の蔦重に時々、反発をしていましたね。
そんな中、新之助は同じ長屋の住人に妻子を殺されてしまい、行き場のない怒りは「貧しき人々の不満の声を代弁して声を上げる」という義憤となり『天明の打ちこわし』へと突き進んでいきます。そんな新之助を心配して、蔦重は米を差し入れますが彼は受け取らず、仕事の報酬だけを受け取ります。「おふくととよ坊が亡くなったのは、俺が米を受け取ったからとも言える。」と。
新之助に蔦重を責める気持ちはないのですが、確かに長屋に訪れる蔦重の立派な着物や羽織姿は目立ち過ぎました。