「べらぼう」が描く問題はまるで今の日本。怒りで暴徒と化す ”新之助の義” に粋に訴えた ”蔦重の義” (6/7ページ)
みんな金のことしか考えない、田沼がつくったこの世に殺されたのだ。俺たちはそれをおかしいと言うことも許されないのか、こんな世は正されるべきだと声をあげることも!」と言う新之助。
確かに、誰でも理不尽なことに対して黙る必要はないし、抗議の声を上げる権利はあります。
けれど、現実に妻子を殺したのは、田沼ではなく恩で仇を返した長屋の住人。そこに怒りをぶつけられない分、「自分は巨悪と戦っている」方向へと気持ちを盛り上げていっています。妻子が殺された現実から逃げずにきちんと向き合わねばと言っていた新之助が、結局は「世の中が悪い田沼が悪い」という考えに囚われ、手を下した下手人から目を背け、「田沼が米を配ろうと奔走している」という事実も耳に入れないのは危ういのではと思ってしまいました。
「犬を食えデマ」に引っかかり陰謀論に傾倒していく、これが「新之助の義」なのか?と残念に感じたのは筆者だけでしょうか。
長屋の人々にボコボコにされた蔦重と、陰から見つめる一橋。蔦重を「邪魔者」と認識したのか。NHK大河ドラマ「べらぼう」公式サイトより
平賀源内の言葉が胸に息づいている蔦重の義長屋の連中にボコボコにされ倒れた蔦重が起き上がりながらつぶやいたのは「我が心のままに生きる」という平賀源内の言葉。