『べらぼう』に登場した吉原遊廓はどんな構造だったのか?見取り図や浮世絵で内部を歩く (2/7ページ)

Japaaan

江戸末期新吉原見取り図(部分) 日本堤から大門まで(彩色、文字加筆:筆者)Wikipedia

その土手のまわりはなんとどこまでも続く広大な田んぼでした。北斎も、吉原遊廓の外で女の子たちが田植えの合間におしゃべりして笑っている様子を描いています。のどかなものですね。

北斎「富嶽三十六景 従千住花街眺望ノ不二」※左奥の家宅の集合が吉原遊廓

土手の両脇には水茶屋が160ほどもあって、夜は丸提灯で土手を明るく照らしました。さて、やがて土手を歩くと左手に1本の立派な柳が見えてきます。有名な「見返り柳」です。

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