『べらぼう』に登場した吉原遊廓はどんな構造だったのか?見取り図や浮世絵で内部を歩く (4/7ページ)

Japaaan

国貞「北廓月の夜桜」国立国会図書館蔵「東京国立博物館ニュース. 2008 (2・3月) (687)」より抜粋

男であれば誰であれ問題なく入れます。女であれば、大門をくぐって右側にある四郎兵衛会所という番所で木戸札(チケット)を発行してもらい受け取ります。外に出る時にこの木戸札がないと、遊女や遊廓内の者とみなされ、外に出してもらえませんでした。

吉原遊廓の見取り図はこんなふうになっています。

江戸末期新吉原見取り図(彩色、文字加筆:筆者)

真ん中の広い大通りが「仲之町(なかのちょう)」。町と書きますが道の事です。

仲之町の左右にそれぞれ丁目に分かれていて、江戸町一丁目(えどちょういっちょうめ)、江戸町二丁目(えどちょうにちょうめ)、揚屋町(あげやちょう)、角町(すみちょう)、京町一丁目(きょうまちいっちょうめ)、京町二丁目(きょうまちにちょうめ)の6つがありました。丁目ごとの木戸門をくぐると妓楼(女郎屋)や吉原に勤める者の居住地区が広がっていました。

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