盲目的な愛の果てか?歴史的冒涜か?女帝・孝謙天皇が強行した道鏡の皇位継承問題とは【前編】 (3/6ページ)

Japaaan

最初の女性天皇とされる推古天皇(Wikipedia)

歴代の女性天皇を挙げると、飛鳥時代の推古天皇[第33代]、皇極(のち斉明)天皇[第35代・37代]、持統天皇[第41代]、奈良時代の元明天皇[第43代]・元正天皇[第44代]・孝謙(のち称徳)天皇[第46代・48代]、さらに時代を下って江戸時代の明正天皇[第109代]・後桜町天皇[第117代]である。

それではここから、第46代および第48代として即位した孝謙(称徳)天皇が強く推し進めようとした、僧・道鏡への皇位継承問題に焦点を当てて考察していこう。

そこには、孝謙天皇が女性であったからこそ抱かざるを得なかった苦悩や葛藤が存在していたことも、見逃すことはできない。

聖武と光明子の間に生まれた史上唯一の女性皇太子

孝謙天皇と道鏡という本題に入る前に、まずは孝謙天皇について簡単に説明しておこう。

彼女は718年(養老2年)、聖武天皇と光明皇后(藤原光明子)の間に長女として誕生、即位前の名は阿倍内親王(あべないしんのう)といった。

その9年後、夫妻の間には待望の男子・基王(もといおう)が生まれ皇太子となったが、わずか1歳で早世してしまった。

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