『べらぼう』子供は無事生まれる?歌麿の葛藤と決断…史実を元に11月2日放送内容の深堀り解説 (3/8ページ)
幸太夫(光太夫)と礒吉(磯吉)の姿(画像:Wikipedia)
オロシャの船がネモロ(根室)に来航、その理由は漂流民の大黒屋光太夫(だいこくや こうだゆう)らの送還でした。
大黒屋光太夫とは伊勢国の船頭で、神昌丸で江戸に向かう航海中に遭難。約10年間にわたる漂流生活を余儀なくされます。
出航時点で17名だった仲間たちは次々と死亡し、また別れ(改宗によりロシア残留)、日本に帰国できたのは光太夫・磯吉・小市の3名だけでした。
根室で小市も亡くなり、光太夫と磯吉は江戸に送られ、徳川家斉(城桧吏)の前で取り調べを受けます。
光太夫のロシア滞在を通じて得られた知見によって蘭学が発展、またロシアの東方進出による北方情勢の緊迫化が伝えられました。
これを契機に松平定信はロシアとの交渉を図りますが、ほどなく失脚。幕府には大きな課題がもたらされたのです。
