【べらぼう】ダサい?江戸時代の人はアノ髪型(月代)をどう思っていた?その語源と歴史 (4/5ページ)

Japaaan

要するに、みんな「カッコいい」から月代を剃り、それがいつしか成人男性の身だしなみとなったのでした。

月代は剃り方や広さによって個性を演出するファッションとなり、時代が下るにつれて幅が狭くなっていったそうです。

ちなみに頭髪が薄くなると剃っても頭皮が青くならず、一目でハゲと判ってしまいます。そのため、中には剃った部分を藍などで青く見せる者も現れました。

かくして月代を剃る習慣は、明治4年(1871年)8月9日に断髪令(正式名称:散髪制服略服脱刀随意ニ任セ礼服ノ節ハ帯刀セシム)が発せられるまで続いたのです。

終わりに

月代頭の蔦重。NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」公式サイトより。🄫NHK

月代スタイルまとめ 平安末期~明治初期まで行われた 成人男性のヘアスタイル 最初は戦闘時のみだった 戦国時代に入って常態化した 江戸時代に入って広く定着した

今回はいかにも「お江戸」なヘアスタイル「月代(野郎頭、半髪頭)」について紹介してきました。平安時代から行われていたとは意外ですね。

そして当時の人々は、これを「乱世の気風を伝える、カッコいい髪型」と認識していたのも驚きます。

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