大河『豊臣兄弟!』主人公・豊臣秀長(仲野太賀)が「天下一の補佐役」と称されていた理由【前編】 (4/9ページ)

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豊公誕生之地碑・名古屋市中村区中村公園(Wikipedia)

また母親については、秀吉・秀長ともに仲(なか、後の大政所/演:坂井真紀)であることが確実ですが、父親については、秀吉が木下弥右衛門とされるのに対し、秀長は弥右衛門説と竹阿弥説があり、いずれも決定的な裏付けがないのです。

弥右衛門は、本当に木下姓であったのか、どこの生まれであったのかなどさまざまな説があり、その実像は判然としていません。身分も信長の父・織田信秀の足軽説、名主層の農民説、漂流民説などがあります。後に秀吉自身が、実父の名を抹消しようとしていることから、最下層に属する民衆の一人であったと考えるのが妥当のようです。

また、竹阿弥に関しても弥右衛門の死後、仲と結婚して秀長と旭が生まれたという説が一般的ですが、弥右衛門と同一人物ということも有力視されていて、こちらも史実的な確定ができないのです。

豊臣軍の軍事司令官として100万石の大大名になる

このように、秀吉と同様に農民、あるいはそれに近い下層階級に生まれたと考えられる秀長ですが、ここからはドラマを楽しむ際の参考程度に、簡単ではありますがその生涯をたどっておきましょう。

秀吉が織田家臣団の中で頭角を現すと、小一郎こと秀長も信長に出仕するようになります。

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