【べらぼう】実は子だくさん!ハメられ失脚した松平定信、実際のプライベートや妻子たち (3/6ページ)
正室に負けてたまるかとばかり5人の子供を出産しました。
四人目の妻?妾? 実名:不詳 生没:不詳 両親:ともに不詳 実子:八女福姫(智徳院)の母親が分かっていないため、これまで紹介されてきた妻たちと別の女性が生んだ可能性があります。
松平定信の子供たち
松平定信の長子だけど次男となった真田幸貫(画像:Wikipedia)
長女・松平百代子(保寿院) 生没:不詳 母親:隼姫 伴侶:加藤泰済(やすずみ)正室 実子:なし母の実家である伊予国大洲藩主・加藤泰済(第10代)の正室となりますが、子供は生まれませんでした。
次女・松平壽子(婉姫) 生没:不詳 母親:貞順院 伴侶:牧野忠鎮(ただつね)正室→内藤信敦(のぶあつ)継室 実子:内藤信親はじめ越後国長岡藩(新潟県長岡市など)の世嗣・牧野忠鎮と結婚するが3年後の文化5年(1808年)に先立たれてしまいます。
のち越後国村上藩(新潟県村上市)の第6代藩主・内藤信敦と再婚し、文化9年(1813年)12月22日に三男の内藤信親を生んでいます。
長男・松平定永 生没:寛政3年(1791年)9月13日生~天保9年(1838年)10月18日没 母親:隼姫 幼名:太郎丸 身分:陸奥国白河藩主→伊勢国桑名藩主 官職:越中守ほか実は11日前に腹違いの兄(真田幸貫)が生まれていましたが、母親の身分によってこちらが長男・嫡男とされました。