朝ドラ「ばけばけ」実際に小泉八雲と親交、恋愛関係は?江藤リヨ(北香那)のモデル・籠手田よし子の生涯 (3/6ページ)
当時から才女と言われ、やがて松江婦人会の会長を務めるほどになったと伝わります。
確かな経歴はわかりませんが、安定の赴任先で女学校に通っていたと推定するのが普通でしょう。
よし子の父・籠手田安定。各地の県知事を歴任し、元老院議官や貴族院議員も務めた。
小泉八雲との出会いと親交松江では、よし子に運命的な出会いが待っていました。
明治23(1890)年8月、英語教師としてラフカディオ・ハーン(のちの小泉八雲)が松江尋常中学校に赴任。翌9月27日には、ハーンは通訳で同僚でもある西田千太郎とともに籠手田知事邸を訪ねます。
このときは、よし子が婦人会会長を辞任する慰労の会が開かれていました。
よし子は縁戚でハーンと対面。西田の日記によると、よし子は琴を演奏してハーンは感銘を受けたといいます。
ハーンは舞妓たちの踊りも鑑賞。辞任の会とは言え、進行は和やかに進んだと思われます。
当時、満年齢でいえばハーンは40歳、よし子は18歳でした。年齢差もさることながら、立場も国籍も大きく異なります。