ペリー提督、なんと1億円超の豪華日本料理にケチつける!黒船来航の接待で始まった食文化交流とは? (3/4ページ)
数日後、ペリー側からの返礼として旗艦ポーハタン号で大宴会が開かれました。
こちらには幕府側70名が招待され、船上にはアメリカ国旗と徳川家の葵紋が並んで掲げられました。
音楽隊の演奏が響く中、牛肉、羊肉、鶏肉、ハム、牛舌など、日本人には馴染みのない料理が次々と供されたといいます。
藤岡屋由蔵の『藤岡屋日記』によると、全権主席だった林大学頭をはじめとする幕府側の一行は、控えめに食事をしつつも、すべての料理と酒を試したとあります。
特に牛舌については「絶品」と記録されており、後の日本人の肉食文化の先駆けとなったことがうかがえます。
黒船で文化交流宴会では思わぬハプニングも起こりました。酒に酔った幕府役人の松崎満太郎がペリーに抱きつき「日米同心」と繰り返したのです。
ペリーはこれを「Nippon and America all the same heart」と理解し、プレブル大尉の日記には「アメリカを離れて以来最も心から笑った日」と記されています。