誰がなぜ伊勢神宮を「日本人の総氏神」と称し別格扱いし始めたのか?——神社と神様の素朴な疑問【後編】 (3/6ページ)
しかし、その時期にすでに社格制度が確立していたと考えるのは、あまりにも時代的に早すぎるように思われます。
律令制が本格的に整備されるのは、やはり7世紀後半の天武・持統朝以降です。『日本書紀』には673年、「天武天皇が皇女・大伯皇女(おおくのひめみこ)を泊瀬に参籠させて心身を清めさせ、その約1年半後に伊勢へ遣わして斎宮とした」と記されています。
この記述を信用するならば、この時点ですでにどのような形にせよ伊勢神宮は存在していたことになります。しかし、『続日本紀』の698年、文武天皇の条には「多気の大神宮を渡会郡に遷す」との記載があり、これを伊勢神宮内宮の遷宮と解釈する説もあるのです。
こうした史料を踏まえると、現在私たちが目にする伊勢神宮の原型は、7世紀後半に完成したと考えるのが妥当ではないでしょうか。すなわち、伊勢神宮の創建は、約1400年前と見ることができるのです。
そして、天皇を神(現人神)と位置づけた天武天皇のもとで、伊勢神宮は他のすべての神社を超越する社格を与えられ、その頂点に立つ存在となったと考えられます。