『豊臣兄弟!』で注目の舞台──超重要、天下統一の契機「中国大返し〜山崎の合戦」の真相に迫る【前編】 (8/9ページ)
そして13日の夕方、合戦の幕は明智軍の攻撃によって切って落とされました。しかし、その前面に立ちはだかったのは、秀吉の味方に加わった中川清秀・高山右近らの摂津衆でした。
彼らはもともと光秀麾下の武将たちであり、畿内に留まっていたため、「中国大返し」で急遽引き返してきた秀吉本隊と比べると、はるかに休養が十分でした。明智軍はこの摂津衆を切り崩すことができず、数に勝る秀吉軍によって押し込まれていきます。
そして、この流れを止めることができなかった明智軍は、ついに総崩れとなりました。光秀は再起を図るべく、居城である坂本城へ向かいます。しかし、途中の山科小栗栖において、落ち武者狩りを行っていた農民の手によって重傷を負い、ついに自刃して果ててしまいました。