『豊臣兄弟!』で注目の舞台──超重要、天下統一の契機「中国大返し〜山崎の合戦」の真相に迫る【前編】 (7/9ページ)

Japaaan

織田信孝・太平記英勇傳/歌川国芳作

また畿内の諸将は、畿内方面軍の司令官であった光秀の与力でもありました。秀吉はこの噂を流すと同時に書状を送り、逆に自らの陣営へ引き入れることに成功します。さらに秀吉は、四国征伐のため畿内に待機していた信長の三男・織田信孝の遠征軍も手中に収めました。

山崎の合戦に勝利し歴史の主役に躍り出る

このような動きによって、12日には秀吉軍は4万を超える大軍へと膨れ上がり、京都へと迫ります。一方、光秀は兵力の増強が思うように進まず、1万7千の兵で山崎(大山崎)へ向かわざるを得ない状況にありました。

山崎は、京都と大坂を結ぶ西国街道沿いに位置し、大軍を展開しにくい狭隘な地形です。光秀は、この地形であれば数に勝る秀吉軍に対しても勝機があると判断したのです。

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