【豊臣兄弟!】桶狭間の戦いで何をした?史実で追う藤吉郎・小一郎の“裏の働き”の真相 (4/8ページ)
藤吉郎は実戦ではなく諜報活動に勤しんでいた?
生駒家は、染料に使う灰や灯火用の油を扱い、さらに馬借・車借といった運送業まで営む商人でした。
その一方で、小折城(現在の愛知県江南市)を居城とする領主でもあったのです。つまり生駒家は、「武家」と「商人」という二つの顔をあわせ持つ存在だったわけですね。
灰や油はいずれも当時の生活には欠かせない貴重品で、大きな利益を生み出す商品でした。また、馬借・車借は、依頼された荷物を馬や牛で各地へ運ぶ仕事で、いわば現代の運送業のようなものです。
小折城は単なる生駒家の本拠地にとどまりませんでした。全国から商人たちが取引のために集まる物流拠点であり、さらに各地の情勢や情報が自然と集まる情報センターの役割も果たしていたのです。
藤吉郎が生駒家に身を寄せていた頃、生駒家と同郷の蜂須賀小六(正勝/演:高橋努)や、生駒家と親戚関係にあり、さらに小六の義兄弟でもあった前野将右衛門(長康)と知り合ったといわれています。
彼らはのちに豊臣政権を支える重要な家臣となり、そろって大名へと出世していきました。