『豊臣兄弟!』大沢次郎左衛門、史実ではどうなる?一触即発の調略回、第5回放送の解説と考察 (4/7ページ)
まつ(菅井友香)が「猿を山に追い返せ」と言えば、寧々は「そんな犬っころ(前田犬千代=利家)に負けたら承知しない」と野次を飛ばします。
結局は卑怯な手を使ったにもかかわらず、藤吉郎の惨敗。参ったの声すら無視してこっぴどく打ちのめされてしまいました。
そして小細工は信長に見抜かれており、名誉挽回とばかりに大沢次郎左衛門(松尾諭)の調略に抜擢されたのです。
大沢次郎左衛門とは何者?
大沢次郎左衛門と大沢主水父子。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
犬山城の背後を固める鵜沼城の主・大沢次郎左衛門については諸説あり、詳しいことはわかっていません。
『寛永諸家系図伝』によると妻の篠(映美くらら)は斎藤道三(麿赤兒)の娘と言われているため、信長とは義兄弟とも言える関係です。
本作では永禄年間(1558~1570年)に藤吉郎の調略で信長に寝返ったとする『美濃雑事紀』の説を採っており、藤吉郎が宇留間城(鵜沼城)に暫く留まった点も共通していますね。
『美濃国諸旧記』や『濃陽諸士伝記』では、永禄年間に信長へ寝返ったものの、信長から謀叛の疑いを受けたため逃亡。そのまま行方不明になってしまいました。