『豊臣兄弟!』12歳で初産、秀吉の養女も…まつ(菅井友香)が産んだ前田利家(大東駿介)の8人の子供の運命 (2/8ページ)
永禄5年(1562年)1月12日生~慶長19年(1614年)5月20日没(享年53歳)
幼名は父・利家と同じく犬千代。元服して通称を孫四郎、諱ははじめ前田利勝(としかつ)と称しています。
安土城で織田信長に出仕し、天正9年(1581年)に父が能登国(石川県北部)へ転封されたタイミングで、父の旧領である越前国府中3万3千石を与えられました。
信長の死後は父と共に織田家宿老の柴田勝家に与し、羽柴秀吉と対抗します。しかし後に秀吉へ寝返り、織田政権を乗っ取った秀吉政権下で実績を積み重ねたのでした。
やがて慶長3年(1598年)に秀吉が世を去り、翌慶長4年(1599年)に父が亡くなると、豊臣政権内の権力抗争に巻き込まれていきます。
やがて慶長5年(1600年)関ヶ原の合戦では実弟の前田利政(後述)と決別し、自身は徳川家康率いる東軍、利政は毛利輝元ら率いる西軍に与しました。
果たして勝利した利長は本領を安堵され、加賀藩の初代藩主となったのです。
