『豊臣兄弟!』12歳で初産、秀吉の養女も…まつ(菅井友香)が産んだ前田利家(大東駿介)の8人の子供の運命 (5/8ページ)

Japaaan

四女・豪姫

宇喜多秀家と豪姫の像

天正2年(1574年)生~寛永11年(1634年)5月23日没(享年61歳)

豪姫(ごうひめ)は生まれて間もない2歳の時に秀吉の養女に出され、秀吉と寧々から秘蔵子として可愛がられたそうです。

300人もの側室を抱えた豊臣秀吉が親バカぶりを発揮した愛娘・豪姫の正体とは?

15歳となった天正16年(1588年)に秀吉の猶子であった岡山城主・宇喜多秀家と結婚。そのため備前御方(びぜんのおんかた)、後に南御方(みなみのおんかた)と呼ばれました。

秀家との間には宇喜多秀高(ひでたか)・宇喜多秀継(ひでつぐ)・佐保姫(さほひめ。貞姫、理松院)を出産しますが、元から身体が弱く出産の都度大病をしていたそうです。

これを「キツネが憑りついたせい」だとして、秀吉は石田三成と増田長盛に命じて大々的にキツネ狩りを実施させるほどの親バカぶりを発揮しました。また利家も別個にキツネ憑きを落とす儀式を実施しています。

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