『豊臣兄弟!』娯楽としては満点!でも引っかかる…“信長像”に残った歴史好きの違和感 (4/7ページ)
秀吉を死地に送る信長は本当に「冷酷」なのか?
もう一つ気になったのは、信長が秀吉を“嵌めた”末に、死地に向かわせたとも受け取れる場面です。
ドラマでは、信長は大沢次郎左衛門を味方に引き入れるつもりなど最初からなく、小牧山城におびき寄せて討ち取る算段だったと描かれます。もしその計画が成功すれば、鵜沼城に人質として囚われている秀吉の命はない。この判断が“見殺しに近い決断”として強調されていました。
確かに、主君が家臣を危険な状況に置く構図だけを見れば、非情に映るのも無理はありません。しかし、戦国期の主従関係において、家臣をあえて死地に立たせることは、必ずしも冷酷さの証明とは言い切れない側面もあります。むしろそれは、「使い捨て」ではなく、「戦力として本気で数えている」からこそ任せる役目である場合も少なくありませんでした。
とりわけ信長は、従来の武士的価値観にとらわれない、独特の死生観を持っていた人物と考えられています。大きな功績を挙げれば身分にかかわらず大胆に抜擢する一方で、結果を出せなければ容赦なく切り捨てる。その姿勢は、初めて戦場に立つ側近に対しても例外ではありませんでした。