色道は紳士の作法?明治時代、初代総理・伊藤博文の激しい女遊びが“乱れ”扱いされなかった理由 (1/5ページ)

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色道は紳士の作法?明治時代、初代総理・伊藤博文の激しい女遊びが“乱れ”扱いされなかった理由

「生活の乱れ」ではない

明治時代あたりは、地位のある男性の女性関係についてはとても「ゆるい」時代でした。

当時の政治家や財界人の多くは女遊びをしていましたが、それは「男の楽しみ」として受け入れられていたのです。そうした状況に厳しい目を向けたのはごく少数派で、福沢諭吉くらいでしょう。

そんな時代の空気を象徴する人物が、初代総理大臣の伊藤博文です。

伊藤博文の胸像

彼の女好きは当時も今も有名ですが、伊藤は自ら「予は寡欲で、貯蓄を知らぬ。公務の余暇に芸妓を相手にするのが楽しみ」と語り、女遊びを隠すどころか堂々と公言していました

この奔放さは明治天皇から注意されるほどで、「いい加減にしなさい」とたしなめられた逸話が残っています。

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