色道は紳士の作法?明治時代、初代総理・伊藤博文の激しい女遊びが“乱れ”扱いされなかった理由 (2/5ページ)
明治天皇も怒るレベル!日本の初代総理大臣・伊藤博文の女遊びが激しすぎた
それでも伊藤は天皇に拝謁する時でさえ芸者を連れて行ったという記録があり、女遊びは彼の生活の一部でした。
しかしここで重要なのは、伊藤の女遊びが「生活の乱れ」ではなく、当時の価値観の中ではむしろ紳士的で誠実なふるまいとして受け止められていた点です。
彼は遊び相手をほぼ芸者に限定し、一般女性を巻き込むことは避けていました。
下品でもないまた、花柳界でも「偉い男に贔屓にされること」が女性の出世につながる価値観があり、伊藤との関係はむしろ名誉とされていました。
例えば大阪の芸者・樋田千穂(小吉)は伊藤に呼ばれて小田原の邸宅・滄浪閣に滞在し、「夜はかはるがはるご用をつとめた」と記しています。
