『豊臣兄弟!』史料に見る「金ヶ崎の退き口」の実際、浅井長政とお市はどうなる?第14回放送の解説 (2/8ページ)
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
信長の側近であった太田牛一の日記『信長公記』を見ると、金ヶ崎の退き口については非常に簡素な記述しかありませんでした。
【意訳】はじめは浅井長政の離反を虚説と思って信じなかった。しかし次々と注進が入ったため、金ヶ崎城に木下藤吉郎を残して自身は朽木元綱(くつき もとつな)の手引きで京都へ逃げ帰った。
……恐らく詳しい記録を残すほどの余裕もなかったのでしょう。必死に京都まで逃げ延びた後で、記憶を手繰り寄せて「そう言えば、秀吉を殿軍に残したんだっけ」と書き留めたものと思われます。
金ヶ崎の退き口について詳しいことを記録している一次史料は発見されていないため、実際のところはよくわかっていません。
『絵本太閤記』に見る金ヶ崎合戦
奮戦する秀吉たち。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
とにかく逃げ帰るのに必死だった当事者の日記『信長公記』に対し、江戸時代中期に書かれた軍記物語『絵本太閤記』では、もっと秀吉の活躍が詳しく描かれました。
金ヶ崎城には豊臣兄弟&仲間たちだけでなく、明智光秀(要潤)や池田勝正(いけだ かつまさ)も残っています。