『豊臣兄弟!』史料に見る「金ヶ崎の退き口」の実際、浅井長政とお市はどうなる?第14回放送の解説 (3/8ページ)

Japaaan

兵力は総勢3,000ほど、金ヶ崎城を包囲する朝倉の軍勢は約35,000と十倍以上の差がありました。

秀吉は敵を引きつける囮のネズミとして、小一郎にわずかな兵で金ヶ崎城を守らせ、自身は1,000ほどの軍勢を率いて伏兵となります。

明智・池田勢は秀吉の指揮下にはいなかったようで、どのような行動をとっていたのかはわかりません。恐らく「殿の命ゆえ助太刀はするが、指図は受けぬ」という距離感を保っていたのでしょう。

小一郎たちは城の内外にありったけのかがり火を焚いて、あちこちに大軍がいるように偽装して、朝倉の大軍を迎えました。

果たして夜になって朝倉の大軍が金ヶ崎城を取り囲みますが、様子をうかがってなかなか攻め懸かっては来ません。

そこへ秀吉が夜襲を仕掛け、朝倉勢が混乱した機に乗じて小一郎も城内から撃って出ました。

更に明智・池田も加勢して朝倉勢に痛打を加え、一矢報いた形で退却してきたということです。

『徳川実紀』に見る金ヶ崎合戦

秘伝の薬と称して、単なるかゆめ止めを秀吉に渡す家康。成分は何だろう。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK

劇中では史実に沿って、徳川家康(松下洸平)は早々に退却していました。

「『豊臣兄弟!』史料に見る「金ヶ崎の退き口」の実際、浅井長政とお市はどうなる?第14回放送の解説」のページです。デイリーニュースオンラインは、池田勝正慈雲院絵本太閤記日秀尼金ヶ崎の合戦カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る