『豊臣兄弟!』万丸を人質に取り最期まで秀吉に仕えた男…史実での宮部継潤(ドンペイ)の生涯を辿る (1/5ページ)
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」、姉川大合戦で勝利した織田信長(小栗旬)は、裏切った浅井長政(中島歩)の討伐に本腰を入れます。
その一環として信長は、宮部継潤(みやべ けいじゅん 演:ドンペイ)の調略を秀吉(池松壮亮)に命じました。小一郎(仲野太賀)や弥助(上川周作)の助けもあり、調略に成功。
第16回「覚悟の比叡山」は、比叡山焼き討ちと共に、宮部継潤の調略に至る過程にもフォーカスし描かれていましたが、今回は宮部継潤について、史実ベースでその生涯をたどってみたいと思います。
荒法師から浅井家臣に
ドンペイ演じる宮部継潤。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
宮部継潤は享禄元年(1528年)ごろ、土肥真舜(どい まさとし)の子として誕生しました。まだ幼い天文5年(1536年)に比叡山へ登って出家し、善祥坊(ぜんしょうぼう)と号します。
比叡山時代はいわゆる荒法師(悪僧・僧兵)だったと考えられており、後の活躍を裏づける武勇はここで培われたのかも知れません。「真面目に修行しろ」というツッコミが入りそうですが、これも比叡山を維持していく上で大切なことだったのでしょう。