朝ドラ『風、薫る』梅岡女學校のモデル「看護婦養成所」とは?りんと直美が目指したトレインド・ナースを史実から考察 (2/9ページ)

Japaaan

りんは「嫁ぎ先によって人生が決まってしまうのは嫌」と、亡き父親・信右衛門(北村一輝)の「学問は世を渡る翼になり、身を守る刀になる」を例えに出し、母・美津(水野美紀)を説得します。

舶来品の店『瑞穂屋』の主人・清水 卯三郎(坂東 彌十郎)は「医療は今にビックマーケットになる。100年後には誰でもナースの看護を受ける社会がくる」と、りんの背中を押してくれました。

明治19年(1886)12月、いよいよりんも直美も『梅岡女學校』に入学。ヒロインたちが目指す「トレインド・ナース」、モデルとなった「看護婦養成所」などについて深掘りしてみました。「風、薫る」をよりリアルに楽しむためのお供になれば幸いです。

※現代では「看護師」と呼びますが、この記事内では、明治時代の名称に合わせて「看護婦」としています。

トレインドナースになるためにりんと直美が入学した『梅岡女學校』。(NHK朝ドラ「風、薫る」公式「X」より

ナイチンゲールも体験「看護婦」への差別

日本の初期看護教育に大きな影響を与えた人といえば、イギリスの看護婦であり「近代医療統計学および看護統計学の始祖ならびに近代看護教育の母」と呼ばれる、フローレンス・ナイチンゲールです。

彼女は、「病人の看護は、家族・家の奉公人・宗教的奉仕者などが行うのが当たり前」だった世の中を変えました。

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