驚愕の古代史!卑弥呼はなぜ女王になったのか?邪馬台国誕生の裏にあった異常気象と“倭国大乱”[前編] (3/7ページ)
つまり、それぞれの地域の国の王が大きな力を持つようになり、他の地域への侵略を開始したというのです。その根拠として、吉備の楯築墳丘墓、出雲の大型四隅突出型墳丘墓、タニハの大型長方形墳丘墓といった有力首長墓の出現や、畿内・東海地域で独自に発展した銅鐸文化などが挙げられています。
しかし、こうした勢力争いだけで、倭国全体を揺るがすほどの「大乱」が発生したと考えるには、やや弱い印象も残ります。
そこには、より強い外的要因があった可能性があると思われるのです。
古代史の研究者の間でも、『魏志倭人伝』が記すように、弥生時代末期の倭国に大乱が起きたとしても、単に九州北部・日本海・畿内といった地域勢力の競合だけによって引き起こされたと考えるのは、単純に過ぎるという見解があります。
そこには「大乱」と呼ばれるものが発生せざるを得なかった、もっと強い原因があったのではないかと考えられるのです。
そこで注目されるのが、酸素同位体比年輪年代法を用いた名古屋大学教授の中塚武氏の研究です。